秋の空は高く、風はさわやかで気持ちいい。
たまには向学心に目覚めるのも良いだろう。
ライキュームの蔵書は一般に開放されているので、こんな心持の時にはぴったりだ。
・・・と、思ったのが運のつき。
ひそひそを小声で噂をする司書が指差す先に、
閲覧テーブルにうずたかく積まれた本の間に、
必死に調べたあげく力尽きて惚けたのだろう、
青い顔をして何度もため息をつく男が1人。
長年、冒険者なんぞをやっていると、頼み事がある人など一発で見分ける事ができるわけで・・・
[依頼]
やあ、何かお探しですか?
・・・もう何日目かな、私もずっと探してるんです・・・・・・。
最近、世を騒がせている獣人をご存知ですか?
ええ、私はそいつらを狩ることを生業にしているのですが、
こともあろうか妻にやつらの呪いをかけられてしまい・・・
日に日に彼女もあのおぞましい姿に変化しているのです。
優しい妻はいつか他人を襲ってしまうのではないかと、
今では洞穴の奥に身を隠しています。
昼夜を惜しんでそれを解く方法を探したのですが・・・
*あぁ*
彼女は私に頼むんです。
どうしても治せないのであれば、私の手でこの苦しみから解放してくれと。
獣の姿で人を襲うのなら、いっそその前に命を絶ってくれと!
それが彼女の為だと・・・・・・。
でもでも、私にあの愛らしい妻を手にかけるなんてできるわけないじゃないですか!
*男がそう言うとその手からナイフが床に落ちた*
・・・これは聞くべきじゃなかった・・・
つーか、そのナイフ、両刃の、、、ダガーか(武器ヲタの血が騒ぐ)どうするつもりよ?
やだよ、そんなの。
人に頼む事じゃないだろうが!
妻の言うとおりにしてあげた方が、彼女のためなのでしょうか?
・・・だーっ!そんな難しい事、わかるもんか。
未だ罪を犯さざるものを裁くがごときが正か否か、人の身に判断つくもんか!
彼は、落ちたダガーをジッと見つめている。。。
仕方なく拾い上げて差し出すと、受け取る手を伸ばしながら呟く・・・
雪原の広がる島、洞穴の奥に彼女は隠れています・・・・・・。
どうかそっとしておいてください。
特に夜は決してそこを訪れてはいけませんよ。
・・・このままコイツに任せたら、奥さん殺して自分も死ぬ!
そうとしか思えなかった。
くっそーっ!手渡したダガーの刃をジッと見つめる馬鹿ヤロ様からそれを引ったくり、足早に立ち去るっ。
司書の「しーっ!」と言う声に、心の中で毒づいて白き氷原の島へ。
夕刻、デシード山の裏あたりに在る洞窟の奥に彼女を見つける。
悲しげな表情に絶望の雰囲気をたゆたえ、岩に寄り添うように横になっていた。
その悲しげな表情が、こんなにも美しくも可愛らしい人を手にかける事などできようか?
いや、できはしない。
などと反語を使ってしまうほどに動揺し、少し躊躇していると、どこからとも無く夜を告げる鐘の音が小さく聞こえた・・・
目を疑う間も無いほど、鮮やかと言っていいくらい見る見るうちに彼女はその姿を変えた。
理性が消えてしまったのだろうか、唸り声を上げこちらに向かってくる。
一瞬気後れし、おもわず半歩退いてしまったが、すぐに気を取り直しダガーを手にする。
すると、そのダガーを見た彼女(?)は立ち止まり、少し退くと、鼻を地に付ける様に頭を下げた。
飛び掛ってくるのか?と思ったが、その状態から動かない・・・
・・・私は、彼女の意思を悟り、ダガーを構え、、、振り下ろした・・・
そうですか・・・・・・ありがとう・・・・・・。
これで彼女も安らかに眠る事ができるでしょう。
せめて私の手で・・・・・・。
ダガー?・・・・・・もう私には必要ありません。
さようなら・・・・・・。
ダガーを持ってライキュームを出たときはっ、雪原に降り立った時にはっ、そうするつもりだったんだ!
でも、気が良いわけない。
望むまま、慈悲を以ってそうしたとしてもっ!
ダガーの刃は、一滴の血の曇りも無く怪しく耀く・・・
後悔と自責の念を映しながら・・・